まず植氷の意義をおさらいしておきます.凍結保存溶液の氷点(凝固点)より少し低い温度で人為的に細胞外液に氷晶形成をすることによって“細胞外液濃縮”→“浸透圧上昇”→“受精卵の細胞内自由水の細胞外への排出”を促すことにあります.植氷を行わない/植氷に失敗(植氷操作をしたが氷晶が途中で消失する)すると、過冷却が進み通常-12℃付近でストローに吸引した凍結保存溶液全体が瞬時に氷結し、その溶液の氷点近くまで温度が急上昇します(温度センサーでモニタリングするとほぼ垂直に起ち上がります).この温度上昇が凝固潜熱(溶液が氷結するとその温度帯の高低に拘わらず水と氷の境界線での相変化に伴って発生する熱)です.しかし、この急激な温度上昇自体が受精卵に有害なのではなく、凝固潜熱により上昇したストロー内の温度がプログラムフリーザーの温度(この例であれば、-12℃付近)に追いつこうとして冷却速度が速まることが受精卵に細胞内凍結と言う致死的傷害を及ぼします.ですから、受精卵の緩慢冷却法では開発当初(1972年)から植氷が行われてきました.最初の植氷は、1932年に英国ケンブリッジのthe Low Temperature Research Station のRobert Chambers and H. P. Hale (Proceedings of the Royal Society B) により行われたという記録が残っています.

植氷操作によっても凝固潜熱が発生します.過冷却が進行した時点での凝固潜熱発生による冷却速度の上昇は上記のような致死的傷害を細胞に与えることから、いつの間にか植氷においても凝固潜熱をできるだけ低く抑える方が良いと一部で信じられてきました.しかし、植氷において最も重要なことは、氷晶形成が確実に行われ、ストロー中を氷晶が成長して保持時間内(一般的には10分と設定されることが多い)に受精卵が位置する溶液部分が氷晶に覆われることです.一般に、牛受精卵の緩慢冷却法では、耐凍剤は1.5M前後(モル凝固点降下は溶質の種類に関係なく溶媒の種類によって決まる;凝固点降下度 ΔTf=Kf(モル凝固点降下:溶媒に固有)・m(質量モル濃度);水のモル凝固点降下は1.85)で用いられることが多いので、‐7℃で確実に植氷によって氷晶形成を行い、10分間その温度で保持する方法が推奨されています.その間に発生した凝固潜熱が保持時間内に-7℃に追いつけば、その時の冷却速度の上昇は無視できるほど小さいため、凝固潜熱発生後に受精卵に細胞内凍結を起こす危険性はほとんどないと考えられます.